死因:ユーモア欠落症による呼吸不全

普段そんなの全然興味ないのに、演劇の舞台を観に行って、そのあとやたら芝居がかった口調で話してくる愛すべき友達を、皆1人くらい持っていると思うのですけれど、彼(彼女)が1回で終わらずに、「演劇、いいな」と思ってもう1回観に行く。そしてまた観に行く、というのを続けたらきっと、どんどん芝居口調になるというわけではなくて、元の、普段の話し方に戻ると思うんですよね。
でもそれって、日常と芝居が切り離されたわけではなくて、もっと深いところで、自分の中にその芝居のエッセンスが根付いている。

ギリシャラブ  天川

 

旧友が自分は陰キャリア充とか言っていた。彼にはカード友達がいて彼女もいるらしい。でも何も変わらず一緒に中高のゲスい話とアニメの話歴史の話を延々としていた。僕らは中学生の頃から何も変わっていない。僕も元来陰キャなのだ。みんなの中で陰陰しくいてしまうのは仕様がないことじゃないか。その事を改めて実感して少しスッキリした気分になる。

 

 

君がいないことは  君がいることだなあ
桜花びら舞い散れ  あの人連れてこい
夏に見つけたら  冬に紐解いて
いつも踊ってる  僕ら踊ってる

サニーデイ・サービス  桜 super love

 

 

秋に春が恋しくなるのは何故だろう。
春は学年が上がるだけでも常に胃が痛く、花粉症で鼻水ズルズル、目がネバネバの最悪の季節だ。それに世間も浮き足立っていてなんだかムカつく。自殺がふえるのもなんだかわかる。春が来る度冬に戻らないかといつも思う。
秋は花粉ないし、基本曇りだし、イベントあんまりないしなんだかテンション低くてとても良い。
でもなんだか春がいい気がするのは何故だろう。春に女が出来ることが多いからだろうか。そういやみんな春だ。な〜んだ結局女か!

 

 


嫌いなものをぶっ潰してやるのさシ〜ユ〜

 

 


鼻歌でいい感じの歌を思いついたのに忘れた。
ブコウスキーが言ってたのさ〜しか思い出せないからきっといい歌ではなかった。

 

 


ユーモア欠落症ってクスリで直せますか?
ブコウスキーは競馬に行かないとユーモアがなくなると言ってたから賭け事のほうがいいですか?

 

 


この前まで物欲なかったけど最近欲しいものばっかり。金くれ!吉田棒一の文は面白いし(金くれ!)、寒くなってきたから服欲しいし(金くれ!)、バイク用品も色々揃えたい(金くれ!)。バイトのシフトあまり入れなくてゴメンじゃなくてシフトなんていいから金くれ!

 

 


インターネットには服は沢山あるが自分の着たい服はなかなか無い。たまにあっても高いか、ゾゾタウンのモデルがいい感じに着こなすせいで手(指)は伸びない。あれ着用のイメージとしてとてもいいのになんであれは買う気を減衰させるのだろうか。僕が天邪鬼だからか。(天邪鬼ってなんかいや、後述予定)結局ユニクロに妥協して、安売り服で価格抑えめコーデに決まりだ。あとはお気に入りのバンドTシャツでパンチ加えたら完璧っすよ。

 


ファッションについて考えたい。
以下Wikipedia
ファッション(英: fashion、英語発音: [ˈfæʃən] ファシャン。仏: mode、フランス語発音: [mɔd] モッド)とは、ある時点において広く行われているスタイルや風習のことである。特に、人々の間で流行している服装を指すが、装いに関係する装身具、美容(理容、髪型、化粧)、香水などもファッションの範疇である。さらに広義には音楽などの文化やライフスタイルまでをも包括しうる。

なるほど、ファッションとは服装やアクセサリーなどのオシャレ的なものというより流行だとかスタイルだとかそういうものを指すんですねえ。服の範囲に限定するとスタイル、流行の要素を取り入れたモノ、がファッションであって、ワタシの着たい服、というのはファッションではないということか。
そう考えると今までパリコレとかのファッションショーというものがよく理解出来なかったが何となく合点が行く。「今年はこういうのが流行ると思うわ、みんな真似して」というノリなのではなく、分析をした上で「今年のファッションはこれでいくからな」というサッカーの監督みたいなものなのだろう。それを満たしたモノの流れがファッションというものなのだろうか。ファッションというのは服を作る側が作るものらしい。株とか景気みたいなものかもしれない。
なんだかよく分からなくなってきたが言えることは「ファッションはお前らにカンケーない」ということだろうか。自分の着たい服がどうとかはファッションではない。下々の僕らはファッションから零れた服たちを集めてオシャレをしているのだ。
何が言いたかったのかも最早分からなくなったがさっき読んだ原田マハの小説がめちゃくちゃつまんなかったし大学生になって服装に興味が出始めるも服が買えない。

中二大学 普通科 馬鹿養成コース

大学のどうでもいい講義を聞いているとどうしてもアタマの悪くなった気分になる。
知識となりうるものが何もないので本を読もうとするも教授の声は結構うるさい。ブコウスキーのことばも脳みその手前でスリップしていく。仕方なしに机に頭を伏せて寝るもそのへんの頭の悪い大学生と一緒だと起きたあとの周りを見て思うことになる。

 

 

 

 

笑われて生きるのは 辛いことじゃない
バカはホントによく笑う ホントのバカは笑わない
僕を笑ってる奴らはバカをこじらせて死ねばいい
僕は絶対に笑わない 恋をしてるから
     毛皮のマリーズ それすらできない

 

 

 


僕はバカだ。言いたいことはいつも喉の奥に溜めて、ヘラヘラして、あいずちを適当に打ち、たまに喉のフィルターをすぎる言葉にはトゲがたったまま。親とは互いにイライラするだけなので必要以上に喋るのはやめた。大学のクラスの友達の内容のない嘘武勇伝マシンガンを聞くのもめんどくさくてやめた。バカだからどうでもいい自己防衛のプライドみたいなものが何をするにも邪魔をする。

 

部屋を1歩出れば本当につまらない普通の人間であると負い目を感じ、部屋に戻って憧れるひとの本を読んだり音楽を聞いて今の自分をベッドの中で反省する。

 

 

 

あなたが質問したければ先ず私の質問に答えてください。ここでは私と記者の関係は対等なはずです。〜クイズ大会開始〜

     橋下徹

 

 


昔の友達と明日再会するかもしれない。明日修検を受験する欄に名前があった。受験料をまだ払ってないようだったが。
彼はどうしようもないやつだった。背は低く、アニメオタクで、メガネで猫背でバカで貧乏で、なぜか自分をゲスな人間と自称するようなやつだった。
彼はいじめの格好の的だった。いろいろなことをされてその大小に関係なくいつも同じように怒っていた。その怒っている様子を見て中学の無能な先生どもがそいつを叱っている風景がお決まりだった。
そいつと何故か仲良くなって自分の好きな本やCDを貸していた。(借りなかったのはそいつが日常系ラノベやアニソンのCDしかオススメしてこなかったからだ。)銃の図鑑や携帯火炎放射器やレーザーの作り方が書いてある科学の本、都市伝説の本、CDはマキシマムザホルモンパンテラ村八分....
それを渡して次の日学校でそいつから感想を聞いた。たいした感想は帰ってこないがそれがとても楽しかった。
彼が卒業してどうしているのかずっと気になっていた。一緒にいた頃は僕のいじめっ子と仲良くしないのに何故かいじめられないパワー(!)でいじめは少なくなっていたが、治安の悪そうな高校に入ったので絶対いじめられるだろうし、県立高校の受験料が払えないほどには貧乏だったし、なんか森の中に住んでるし。
会って話が出来たらいろいろ聞きたいし思いっきりいじってやりたい。
そういえばあの頃の俺はドSだったな。友達が減ったのもあの頃だったな....

 

 

 

 

死ぬ間際人生を振り返る瞬間のために思い出を作ることが人生の醍醐味だと誰かが言った。そうすればその人生が全体的に味気のないものでも点で見れば楽しくていい人生だったと死んでゆく自分を誤魔化せるからね!

 

死ぬこととタバコの話

〈……どうして、なにも聞かないでからあげにレモンかけたの? からあげ洗える? からあげにレモンをかける、っていうのは「不可逆」なんだよ? もう二度と元には戻れないんだよ?〉
カルテット



主人公と迷惑住人のどうでもいいゴタゴタ
オチはまさかのちっっっせえ復讐
またどうでもいいもので時間をムダにしてしまった。




あなたともう一度会って話がしたいものです。俺の知らないあなたをもっと知りたい。いまの俺の現状を壊すキーをあなたが持っているのです。




わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いている。そいつを取り出して、話しかけてみる。「やあ、ベイビー、どうしてる?いつわたしのもとにやってきてくれるのかな?ちゃんと心構えしておくからね。」
チャールズブコウスキー



金を稼ぐことが全てだという人がいる。そいつは巨万の富を得て、ドバイに住み、馬鹿でかいビルの馬鹿でかい部屋に住んでいる。美人奥さんだっている。しかしそいつは狭い部屋のベッドの下でブコウスキーを読んでジェームズブラウンを聴きながらタバコを吸うという贅沢は知らないのだ。全ての世間と離れて恋人と一日中キスする贅沢も知らないだろう。そんなことを考えている俺の人生はあまりにも暇すぎる!




俺はこの雁字搦めのままで普通に就職し、結婚して子供が生まれ、勤めていた会社を定年退職し、老後にジジイバンドでも組んで、老人ホームにお世話になりながら死んでいくのか?死を左のポケットに入れて持ち歩いているのに?




首吊りと飛び降りが最も良い自殺方法ならばどっちを選ぶか?
首吊りは苦しくないらしいがやっぱり首伸びたり失禁したりするのか?失禁は本当にいやだけどいよいよ死ぬ時にトイレに行ったり断食したりする?最後の晩餐したらうんこになる前に死ぬのがいいか。しかし映画でもよく見るしヤリマンYouTuberが言ってたし首絞めプレイはいいらしいな。なんか気持ちいいのが脳から出るらしい。そんな幸福の中で死ねるってのはポイントだな。
飛び降りはスリリングだな。水泳の飛び込みのあの爽快感。あれが良くて水泳をやっていた気がする。背泳ぎだったけど。い落下する時スローになって空気と水の壁に突き刺さる感覚。空気のコンクリートでも同じような感覚だろう。それにジェットコースターで直滑降する股間を刺激するあの浮遊も加わってオナニーしながら2秒間の自由落下。
スリリングというのは違うな、字面がダサいし。



死ぬということに興味が高まっている最近の自分は今日も生きている。死神はいつどの状況の自分の肩に手を置くのか。気になって仕方がない。




誰かの手を煩わせて死ぬのも違う。やはり死ぬ時はひとりがいい。
保育園の頃からなにをしていてもひとり何かに没入する瞬間があった。ひとり焦点を合わせずボーッとすることが何よりの趣味であった。それが19になり一人ボーっとタバコを吸うのが1番の趣味になった。誰かと吸うタバコはあまり美味しくない。ケータイを見ながら吸うタバコも味を感じない。本を読みながら吸うタバコはナルシスト成分が含まれて美味いが本に集中出来ない。ひとり何も無いいつもの景色のどこにも焦点を合わせず何かに没入しながら吸うタバコが1番良い。美味いというか良い。
僕はどうせ死ぬまでひとりである。恋人ができようが子供が生まれようがどうせひとりなのだ。死ぬ時まで他人のことを考えながら死ぬのはゴメンだ。おれはおれがカッコイイと思うタイミングとやり方で自分の人生について思い返しながらその人生に自分で終止符を打つのだ。
やっぱりひっそり死ぬために樹海に行って首吊り仲間に会っちゃうのはちょっとやだな。変な虫に刺されて痒いまま死ぬのもやだし。グライダーに乗って岩場めがけて飛び降りるのはどうかな?空中散歩しながら走馬灯をゆっくり回してそっからダイブするのもよさそう。
なんか免許いるのかしら。

左ポケットから死を取り出して
「Hey , my baby! What's you doing?」
の感覚がちょっとだけ分かったかな。

Give me danger!刺激をくれ!

いや〜退屈。本当に退屈。

 

退屈なんだけどスグそこに合格発表が迫ってて、ずっと背中にウンともスンとも言わないでかいロボ背負ってる感じ。

 

しかし退屈というのは多忙の前置きである。あんま聴けてないあのCD LPを全部聴き、ずっと読みたかったあの本、録っといて観てない金曜ロードショウ片端からみなければならない。掃除なんてあとあと!やるぞー!

 

しかしそんなときに限って金は無いし、レコードプレイヤーの針は折れていて、何故かシンゴジラが全然撮れてないんだ。そんなもんだよ人生は。

 

そういやこの前スレスレでストゥージーズのドキュメンタリー、「ギミーデンジャー」を見に行きました。さすがは我が地元のB級映画館、ちょうどワタシの入試の次の日まで公開してらした。

 

何となくイギーってすごいロックスターな気がしていたんですけど、ドラマー出身だったり実はちょっとまじめだったりしてなんか親近感が湧きました。

 

あのクラスの人気グループのヤツらをうちに呼んだけど家を馬鹿にされて絶交してやったっていうエピソードなんかそのまんまワタシもだし。あとちょっとワルいひとに騙されがちなところとか。

 

まあそんなコトだけじゃなく豪傑ロックンローラーなエピソードからバンドの内面的な証言とかストゥージーズのいろいろなことがよく知れてなかなかよかった。ガンガン進むからもうちょっとストゥージーズの歴史について予習しとけば良かったかなーともおもった。あともうちょいライブの映像をちゃんと見たかったかな。

 

でも今まで見たバンドのドキュメンタリーで面白いの今まで無かったし、6,70年代のUKロックにちょうど興味があったので、タイミング的にもよかった。

 

さーて明日は中古屋でディグってくるとするかな、予算は500円で...

 The Stooges - I wanna be your dog (1969) - YouTube